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林秀彦氏 少年時代の思い出 『ぼくは恋をした』

ぼくは 木炭バスに乗っていた。

正面に おかっぱの少女が座っていた。

紅い毛糸のパンツが、小さなスカートの下から見えていた。


ぼくと同じに、彼女の短い脚は まだ床につかず、
ぶらぶらさせていた。

戦争の始まる直前だった。 ということは
昭和14年か15年、 ぼくは5歳か、6歳。


バスは桜田門から半蔵門にかけて、三宅坂を登っていた。

母と一緒だった。

母は その後 見慣れることになったモンペ姿ではまだなく、

地味な色合いの和服に、薄ねずの羽織を着ていたように憶えている。


突然、 車掌が声を張り上げた。

ほぼ、こんなふうに。

ご乗車の皆様、宮城のかしこきあたりに対し奉り、起立、最敬礼!


ちらりと、ぼくの視線と 紅いパンツの少女の視線が合った。


乗客が 一斉に、動くバスの中で立ち上がり、
ぐらぐら振動に揺れながら、
松の生い茂る 内堀の方角に向かい、一斉に頭を下げた。


ぼくは  いやだった。
絶対に  いやだった。

強制されることほどいやなことは、この世に なかった。


ぼくは 座ったまま、  動かなかった。

秀彦、お立ちなさい
と 母が頭を下げながら、横目で言った。


いやだ


言いながら ぼくは、
少女が じっとぼくを見つめているのに気づいた。

紅いパンツも 座ったままだった。

それがぼくには 驚きであり、
驚きは 強い喜びとなって、全身に熱く 血潮が駆け巡るのを感じた。


秀彦--
母の小声が、ぼくの耳朶(じだ=みみたぶ)を打った。

イヤダ!

今度は 少女に聞こえるように、意識的に 大きな声を出した。

少女の大きな目は、見張るように ぼくを見つめていた。
彼女の母親も よろめきながら最敬礼をしていた。

バスの中で立っていないのは、 ぼくと 少女 だけだった。


ぼくは 彼女が最後まで一緒に座っていてくれることを、必死に願った。

こんなことを人に命令するなんて、まちがっているんだ!
どんなことだって、
バカなことを人に無理にさせるのは、いけないことなんだ!”


と ぼくは心の中で 少女に説明していた。


すると、まるでその心の声が聞こえたように、紅いパンツは座ったまま、
ぼくに向かって、こっくり、 と頷(うなづ)いた。

そして、最後まで、立たなかった。


バスは三宅坂を登りきり、麹町(こうじまち)の方角へ左折し、
乗客は 座りなおした。


知りませんよ、憲兵さんにつかまっても

と母が 着物の襟(えり)を正しながら言った。


殺されたって最敬礼なんてしない

困った子ね


ぼくは 少女に言ったつもりだった。

どう考えても 走るバスの中で頭を下げるなんて ばかばかしかった。

それを命令する車掌(しゃしょう)が、たまらなく 憎かった。

でも... 、 どんな罰を受けるのか、
もし 憲兵につかまったら... 、 ジュウサツ?


もしジュウサツされるなら、

それは同じように立たなかった紅い毛糸のパンツを助けるためだ。


この子を 守ってあげなくてはならない。


そう思ったとき、 怖さが 消えた。

ぼくは恋をしたのだった。

---林秀彦氏 『ココロをなくした日本人』(絶版)より抜粋

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

林秀彦氏 【子どもは求めている。なにを?希望を!】

盲目的に命令に従ってはならない(ドイツ社会)
非人道的な命令については、
それが自分に不利な結果をもたらしても、拒否する義務がある。

Leo Tolstoy トルストイ
縄文語--【神々の詩】 姫神

伊丹万作氏--『騙された者の罪』

「学者」の上に「職人」--明治以降サカサマ

自然とのかかわり--日本の伝統的な考え方
------------------------------------------

西岡常一氏
1908年~1995年 最後の宮大工棟梁
木に対する洞察は深く、
木に生き、水を生かす名匠として名高い

木のいのち 木のこころ』 以下抜粋

大袈裟(おおげさ)なようですが、
大工にも 自然観が 必要なんです。

自分より大きな自然 というものに対して
きちんとした考えを 持たなあかんですよ。

木を見るにしても、 すぐに 

これはなんぼの木や、
これは50年しかたっとらんから 安い
これは 千年やから 高い
--- これでは あきませんな。

その木の生きてきた環境、
その木の持っている特質を生かしてやらな
たとえ名材 といえども 無駄になってしまいますわ。

こういうことは 農学校を出て、1、2年、百姓をやらされて
初めて わかりましたな。

自分で育てたものは 無駄にしませんし、
植物は 育てるのに えらく手間やら時間やらがかかるんです。

また 手をかけただけ、大きくなるんですな。

儲(もう)け仕事に走れば 心が汚れる

昔の宮大工が 百姓大工やった 
というのは理想的な姿かもしれませんな。

百姓大工をしてたら 食えるから、待つこともできますわな。

一度 余裕をなくして儲(もう)けを追い出したら、
時間を待つこともできんし、
休むこともできんし、どうしても「はやく、はやく」ということになりますな。

今の人は みんな そうなってしまいました。

そのうえ、仕事が細こう分業になって

自然とのつながりが わからなくなってしまったんですな。

大工でさえ、木がどこで育てられ、どんな育ち方をしたのかさえ
見わけようがない。

そんな木を使(つ)こうて、上から 早く早くといわれるし、

自分でも 少しでも早ようしようと しますやろ。

-- まぁ こんな時代ですが、

ちゃんとした仕事をしようと思ったら、
自然のことを忘れたらあきませんわ。

どんなにしても 人間は自然から逃げられませんし、

その自然のなかでは 木や草と そんなに変わらしませんのやから。

☆     ☆

まずは 自然の命 というものに対して、

もっと 感謝して 暮らさな なりませんな。

今の人は 空気があって 当たり前、
木があって 当たり前 と思っていますけど、

水がなかったら 命がありませんのやし、
生命も 育ちませんな。

今の人は 自分で生きている と思っていますが、

自分が 生きているやなしに

天地の間に 命をもらっている木や草や 

ほかの動物と同じように
生かされている 
ということ、

それを 深く 理解せな あきません。

自分だけで 勝手に生きていると思っていると、

ろくなことになりませんな。


--想起:虫の話 動物との関わりの話 クジラ 魚の話

☆     ☆

おじいさんが いつも言っていました。

昔は 学者よりも 職人が 上やった。

明治以来、西洋の学問が入ってきて、

考え方が 西洋式になってしまってから、

学者が 上になってしまった。

実際に仕事をする職人が 下に見られるようになった。

--論争になると、学者は

この時代は こういう様式のはずや、
あの伽藍(がらん)は こうやったし、
ここは こうやったから
こうあらねばならん

というようなことを 言いますのや。

これじゃ、あべこべですな。

先に 様式を考えているんですな。

そうじゃなしに、現にある、廃材の調査から
どんなものだったかを考えな ならんのですよ。

自分の考えの前に 建物があったんですからな。

職人がいて建物を建て、それを 学者が研究しているんですから、
先に 私らがあるんです。

学者が先におったんやないんです。

---体験や 経験を 信じないんですな。

本に書かれていることや 論文のほうを、
目の前にあるものより 大事にするんですな。

☆     ☆

義務教育やいうて 子供を学校にまかせっぱなしやから、
子供のことも わからんようになっていますやろ。

そして 何でも早く、簡単に、ですわ。

自然 というものを見失うて、

知識だけを 詰め込みたがりますな。

これでは あきません。

世間と競争することばかり考え、

自分の子を そこに押し込んでいるうちに、

その子の 本当の姿をみるはずの母親の目が
見えんようになってしまっているんやないですかな。


本来、母親の役目 というのは

働く父親の姿を後ろから見て、行き過ぎた 行き足らん
ということを 子供に教えてやるんですわ。

父親は 家族のため、社会のために
一生懸命 働いておりますし、
目の前のことを 処理せな ならんですわな。

明日よりも まず 今 です。

これでは 時には 道を間違えたりしますわ。

男というものは そんなもんでっせ。

それを正し、父親の後ろ姿を子供に見せながら、
子供に どうしたらいいかを教えるのが 母親の役目ですわ。

それを 父親と同じように、目の前のことに夢中になって
「それ行け」、「そりゃだめ」
--なんて母親が言うてたら あきませんがな。

自然の生活の中で 子供のことを見ているから
子供のよさが 見えてくるんです。

もう一度、母親に 子供の芽を見つけ出して育てる役を
担(にな)ってもらいたいものですな。

☆     ☆

丸暗記したほうが 早く 世話はないんですが、

なぜ と考える人を育てるほうが 大工としていいんです。

面倒でも 木割りがなぜ違っているのかを考え

後で 自分流の木割りができますのや。


------------------------------------
素直に、自分の癖を取って、自分で考え、工夫して、
努力して 初めて身につくんです。

考え考えしてやっているうちに、ふっと ぬけるんですな。

そして こうやるのか と気がつくんです。

こうして覚えたことは 決して忘れませんで。

--これを頭ごなしに「こうやるんだ」と教わってもできません。
--手取り足取り丁寧に 事細かに教わっても できませんな。
------------------------------------

そうして 初めて 本当の宮大工といわれるようになるんですな。


丸暗記するだけでは

新しいものに 向かっていけません。

丸暗記には 根が ありませんのや。

--根がちゃんとしてなくては 木は 育ちませんな。

根さえ しっかりしていたら、そこが岩山だろうが、
風の強いところだろうが、やっていけますわ。---

人でも木でも 育てる ということは 似ているんでしょうな。

木の使い方と同じように

癖 を見抜いて その人のいいところを
伸ばそうとしてやらな なりませんわな。

育てる ということは

型に押し込むのやなく、

個性を伸ばしてやることでしょう。それには 急いだらあきませんな。

☆     ☆

日本の文化は 自然の持つ素材のよさを生かして
自然の中に置いて 調和の取れるものを作っていくなかで生まれ、
育ってきたんですけどな。

今は 石油を材料にして、どんなに扱っても壊れん、
隣りの人と同じもの、画一的なものを作れと言うんですからな。

均一の世界、壊れない世界、 どないしてもいい世界からは 
文化は生まれませんし、育ちませんわな。 職人も いりません。

いつまでも壊れん、どないしてもいい というたら
作法も 心構えも 何にもいらなくなりますわな。

なにしろ 判断の基準が 値段だけですからな。

職人の仕事のよさは 
一つ一つ違う材料のよさを引き出して ものを造ることやけど、
そんなもん、いらん というんですからな。


千年の木は材にしても 千年持つんです。
100年やったら 100年は少なくても持つ。
それを 持たんでもいい というんですな。

昔は おじいさんが家を建てたら その時 木を植えましたな。

この家は 200年は持つやろ、今 木を植えておいたら
200年後に 家を建てるときに ちょうどいいやろ

といいましてな。

200年、300年 という時間の感覚がありましたのや。

今の人に そんな時間の感覚が ありますかいな。
もう 目先のことばかり、少しでも早く、でっしゃろ。

それでいて 「森を大事に、自然を大事に」ですものな。

木は 本来 きちんと使い、きちんと植えさえすれば、
ずっと使える資源なんでっせ。

鉄や石油のように 掘って使ってしまったらなくなる
というもんやないんです。

植えた木が育つまで 待たせる、使い捨てにしない
という考えが、ほんのこの間まで ありました。


本来持っている木の性質を生かして、無駄なく使ってやる。

これは 当たり前のことです。この当たり前のことをしなくなったですな。

木を生かす。無駄にしない。癖をいいほうに使いさえすれば
建物は長持ちし、丈夫になるんです。

私らは そのために技術を伝え、口伝を教わってきたんですからな。

もう少し、ものを長い目で見て、考える
ということがなくてはあきませんな。


茶碗は 人が丁寧に作ったもんでした。

下手に扱えば 壊れますわな。

二つ と同じものがないんやから、

気に入ったら 大事にしますな。

扱いも 丁寧になります。

他人のものやったら なおさら そうでっせ。

人様が大事にしているものを壊したらならん
と思いますやろ。

物に対しても、人に対しても 

思いやりが そうした中から生まれるもんですわ。

文化 というのは
建築や彫刻、書 というものだけやおまへんのや。

↓↑

New World Order Involvement In Illegal Immigration
By Mario Andrade


Bring cheap labor. Bring those submissive workers.
LETS MAKE LOTS OF MONEY!

"I don't want a nation of thinkers.
I want a nation of workers."--John D. Rockefeller

派遣で働く若者の言葉 
『人を配置することを、”弾(たま)を込める”って言うんですよ。モノ扱いです』

ワケアリの非正規雇用--給料は正規の3分の1

    

支え手(親2+祖父母4+etc)の1人に恵まれて
宣伝相 ゲッペルスがドイツ国民に与えた19の警告
お金とは無縁のカミさんの智慧
民族衰亡を救済する道 『教育』をユダヤから学ぶ
幕末維新--家具無し混浴、畳付 --幸せでごじゃる

月夜の海に浮かべれば 忘れた唄を思い出す

手塚 治虫(てづか・おさむ)滅びるものを愛してゆく

手塚治虫 氏 『未来へのことば』 以下抜粋

私のように
青春時代を 戦争中に過ごした人間には

一種の 虚無主義がある。

やれ、大東亜共栄圏だ、
八紘一宇だといわれて

教練を やらされ
友人も ずいぶん 死んだ  という絶望感、


裏切られた という気持ちがある。
☆     ☆     ☆

私が〔教室で〕 教師の似顔絵を描いていましたら、
軍事教官に 職員室に連れて行かれまして、

ギラリ

と 抜くんです。

鼻先に 突きつけて
「斬るぞ」 
と いうんですよ。

その教官の刀は 竹光(たけみつ)だと聞いていたので
安心していましたら、

あとで
本物だとわかった(笑)


☆     ☆     ☆

ぼくのように 体力のない 弱い子たちは

国民体育訓練所 という
一種の 強制収容所(ラーゲリ)に 入れられた。

〔けれども〕 ぼくは 耐えかねて


4ヶ月目に
座ぶとん 5枚で
鉄条網を はさんで、 くぐり抜け

家に 逃げ帰ったのです。

☆     ☆     ☆

ぼくは あんまり 他人を信じない

これは 戦争中
大本営をはじめ
あまりにも だまされすぎたせいだ とも思うが

それだけに
自分が 最高に可愛い

☆     ☆     ☆

”正義” の名のもとに、

国家権力によって
人々の上に 振り下ろされた凶刃を
ぼくの目の黒いうちに 記録しておきたい

と願って描いたのが 『
アドルフに告ぐ』なのです

これだけは 断じて
殺されても 翻(ひるがえ)せない主義がある

それは

戦争は 御免だ ということだ

☆     ☆     ☆

どろろ』では ”戦後”のイメージを出したかった、

”浮浪児”とか 戦争の傷跡(きずあと)を。

主人公の2人に
自分ながら惚れぬいたのも
めったにないことだった。

☆     ☆     ☆

ぼくは 自然を 愛している

しかし、いくら惜しんでも 滅びるものは滅びると
ぼくは ワリ切っている

ヒューマニズムについても 同様でしょう

つまり ぼくは


ワリ切って つっぱしりながら

滅びるものを 愛してゆく

☆     ☆     ☆

東山魁夷 自然-【巡り合い】-モノ--大切にする心

ブラックジャック 10話 火の鳥伝説 
YouTubeで消されていたら、
こちらで見られる場合あり。

---それで大切な命を失ったら 愚かだと思わないか
---永遠の命なんて ないんだ

伊丹万作氏--『騙された者の罪』

伊丹万作氏 戦争責任者の問題 青空文庫
 (『映画春秋』創刊号・昭和二十一年八月

今度の戦争で だまされていたという。

皆がみな 口を揃えて だまされていたという。

私の知っている範囲では

おれがだましたのだ といった人間は まだ一人もいない。

いくら何でも、わずか一人や二人の智慧で
一億の人間がだませるわけのものではない。

だましていた人間の数は、
一般に考えられているよりもはるかに多かったにちがいないのである。


日本人全体が

夢中になつて互いに だましたり だまされたりしていたのだろうと思う。


☆     ☆     ☆

戦争中の 末端行政の現われ方や、

新聞報道の愚劣さや、ラジオのばかばかしさや

さては、町会、隣組、警防団、婦人会といったような

民間の組織が

いかに熱心に かつ自発的にだます側に協力していたかを
思い出してみれば すぐにわかることである。 

☆     ☆     ☆

たとえば、最も手近な服装の問題にしても、

ゲートルを巻かなければ門から一歩も出られないような
こっけいなことにしてしまったのは、

政府でも官庁でもなく、

むしろ国民自身だつたのである。

☆     ☆     ☆

私のような病人は、
ついに一度もあの醜い戦闘帽というものを持たずにすんだが、

たまに外出するとき、

普通のあり合わせの帽子をかぶって出ると、

たちまち国賊を見つけたような憎悪の眼を光らせたのは、

だれでもない、

親愛なる同胞諸君であつたことを私は忘れない。

彼らは眉を逆立てて憤慨(ふんがい)するか、

ないしは、眉を逆立てる演技をして見せることによつて、

自分の立場の補強に つとめていたのであろう。 

☆     ☆     ☆

少なくとも戦争の期間を通じて、

だれが一番直接に
そして連続的に我々を圧迫しつづけたか
苦しめつづけたかということを考えるとき、

だれの記憶にも すぐ蘇(よみがえ)ってくるのは、

--すぐ近所の小商人のであり、隣組長や町会長のであり、
あるいは郊外の百姓のであり、
あるいは区役所や郵便局や交通機関や配給機関などの
小役人や雇員や労働者であり、あるいは学校の先生であり--

といつたように、

我々が日常的な生活を営むうえにおいて

いやでも接触しなければならない、
あらゆる身近な人々であつた。
 

☆     ☆     ☆

-----だますものだけでは 戦争は起らない。

だます者と だまされる者とがそろわなければ

戦争は起らない-----

ということになると、

戦争の責任もまた(たとえ軽重の差はあるにしても)

当然両方にあるものと考えるほかは ないのである。 

☆     ☆     ☆

だまされた者の罪は、

ただ単にだまされたという事実そのものの中にあるのではなく、

あんなにも造作なくだまされるほど

批判力を失い
思考力を失い、

信念を失い、家畜的な盲従
自己の一切をゆだねるようになつてしまつていた
国民全体の文化的無気力、無自覚、無反省、
無責任などが悪の本体なのである。 


このことは、過去の日本が、
外国の力なしには封建制度も鎖国制度も独力で
打破することができなかつた事実、

個人の基本的人権さえも自力で つかみ得なかつた事実と
まつたくその本質を等しくするものである。 

そして、このことはまた、同時に

あのような専横と圧制を支配者にゆるした
国民の奴隷根性
とも密接につながるものである。 

それは少なくとも個人の尊厳の冒涜(ぼうとく)、
すなわち自我の放棄であり人間性への裏切りである。
また、悪を憤る精神の欠如であり、道徳的無感覚である。

ひいては国民大衆、すなわち被支配階級全体に対する不忠である。 

我々は、はからずも、いま政治的には一応解放された。

しかし 今まで

奴隷状態を存続せしめた責任を軍や警察や官僚にのみ負担させて、

彼らの跳梁(ちょうりょう)を許した
自分たちの罪を真剣に反省しなかったならば、

日本の国民というものは永久に救われるときはないであろう。

「だまされていた」という一語の持つ便利な効果におぼれて、
一切の責任から解放された気でいる多くの人々の
安易きわまる態度を見るとき、

私は日本国民の将来に対して暗澹たる不安を感ぜざるを得ない。

「だまされていた」と言って

平気でいられる国民なら、

おそらく今後も何度でもだまされるだろう。

いや、現在でもすでに
別のうそによつて だまされ始めているにちがいないのである。 

    ★ Editみのお  以下抜粋

昭和15年11月に定められた「国民服令」によって、日本男子の服装は、軍服に似たデザインのカーキ色の国民服、足にゲートルを巻くという服装に統一されました。 国民服を定めた理由は、繊維の不足という理由もありましたが、国民の目を戦争という一点にむけ、同じような考え方・行動をとらせるために、同じ服装をさせるのが一番だという考えもあったようです。(昔の道具

    ★ 

政府機関の解体、民営化=日本国民の奴隷化

Creating the New World Order- The "Spiders Web" of Satanism The pentagram originates as one of the oldest religious symbols and was associated from its very birth with both a belief in its supernatural powers and rituals of human sacrifice. )

the Great Vatican-Jesuit Pentagram of Evil

The next major Terminus points are: Bordeaux- in France and then home of the Rothschilds- infamous international satanists and key Vatican bankers...

Sapporo(Japan)- a key Jesuit city from World War II and ever since.

http://one-evil.org/acts_holocaust/acts_vatican_holocaust_part_3.htm

東山魁夷 自然-【巡り合い】-モノ--大切にする心

東山魁夷(ひがしやま かいい)氏

『東山魁夷 第二巻 風景遍歴二』以下抜粋

私が 絵を描く ということは --祈り-- だと思うのです。

祈り というものは

上手に祈る、下手に祈る ということではなくて

心がこもるか こもらないか だと思うのです。

    

私は 私の意志で 生まれてきたわけではなく

死ぬ ということも 私の意志ではないだろう。

こうして、今 生きている というのも

はっきりと意志が働いて 生きているわけでもないようだ。

したがって 絵を描く ということも---

私は 生かされている。


野の草と 同じである。

路傍(ろぼう=みちばた)の小石とも 同じである。

    

花が 永久に咲き
毎晩 満月が空に昇り
私も 永久にこの地上に生きているのなら

これらの巡り合いには

なんの感動も 起こらないでしょう。

花を 美しい と思う心の底には

お互いの生命をいつくしみ

地上での 短い存在の間に

巡り合った喜び
が 感じられているに違いありません。

巡り合いを大切にすることの根底には

人生を 旅 と見る心が在ると思われます。

時が過ぎ去って行くのではなく

私たち この世に在る 全(すべ)てのものが

過ぎ去ってゆく。

「無常」という宿命の中に 

私たち すべてが生かされているのですから

今 このひと時を 同時に生きている

--という連帯感が 起きるのでは ないでしょうか。

その時

お互いの心が通い合い 愛と美も生まれる ということになります。

このような 無常観は-- 生滅変化 流転すること--

これこそが、生きている証拠であると私は考えているのです。

    

日本列島は 程よい緯度に位置し

その南北に 長い地形を 背骨のように山脈が縦走していて、

樹木の種類も多く よく繁茂(はんも=草木が盛んに生い茂る)しています。

そのため 風景は 多彩な面を持っているのです。

また、湿潤(しつじゅん=水分が多く しめっていること)な気候は

霧(きり)や霞(かすみ)を伴(ともな)い易(やす)く

華麗(かれい)と幽玄(ゆうげん=物事の趣が奥深くはかりしれない)という

対蹠(たいせき=二つの物事が正反対の関係にあるさま)的な景観を

示す場合も 少なくありません。

日本は 自然の風景美に恵まれた国であります。

一年を通じての 季節の推移が

変化を伴って 自然の上に鮮明に現れることは

天地の生命を 豊かに反映している証(あかし)であり、

それを敏感に採り入れて

日常の生活の流れの上に 活気を与える方便(=手段)
としているのは

日本民族の 遠い昔からの生活の知恵であります。

それはまた

日本の美の特色を創り出した要素の一つでもあると思われます

私達は この日本の自然を 大切にする心

いつまでも 失いたくないものです。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

ひろさちや氏 『やまと教』 以下抜粋

この宇宙には

はっきりと 目には見えませんが

「気」が 充満しています

そして 私たちの体の中にも 「気」があるのです

外にある「気」と 内にある「気」が 上手く共振すれば

私たちは 元気になります やる気がおきるわけです

その「」が「」なんです。

この宇宙に充満している「」が凝縮されたものが「モノ」です。

伝統行事に 「針供養」がありますが

あれは、折れた針の内にある「モノ」の鎮めをやっているのです。

モノ」というのは霊魂なんです。そして「」もまた 霊魂です。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

東山魁夷(日本画家)---あの人に会いたい(TV) 抜粋

両方が一つに結ばれるのは

両方の生命の源泉が 一つだから と感じるからだと思う んですよね。

これが 

「木は植物で 人間は人間だ 生物の中で 人間が一番偉い」

という気持ちを持っていたのでは

いつまでたっても 発信音は聞こえない

そしてま た 向こうが 『生命はつながっているものですよ』と言ってるのが

聞こえな いような気がします。

”樹木の家族” ジュール・ルナールの博物誌から

金魚ちょうちん  想像の夢の中

原田泰治の世界 ふるさとの詩3 春 夏

糸につるした金魚は

竹ヒゴと 和紙で 作られていて

わずかな風に 泳ぐように揺れた

偶然、立ち寄った 旅先の食堂で 見つけたのだが

そこの主人に、どこの郷土玩具か聞いてみても

”知人からのみやげ” とのこと。

--- そのうちに、
上領(かみりょう)芳弘さん(65歳)が作る金魚ちょうちんとわかり

山口県 大島郡 大島町を訪ねた。

★     ★

ため池に沿った道は 夏草が茂り

水辺の柳から ヨシキリの鳴き声が聞こえてきた。

上領さんは 25年前 公務員時代に胸をわずらい

療養生活がつづいた。

やがて 退院したものの、人形づくりなど 手仕事で暮らすことにした。

そんな折、

柳井地方に 古くから親しまれていた金魚ちょうちんを本で見た。

戦争を境に 影をひそめ

作る人は ほとんどいない と言われていた。

しかし、80歳の老人が 以前に作っていた1人と聞き

とりあえず、会いに 出かけた。

★     ★

病気の老人は、床に伏したままで 
思い出すかのように、 ポツリ ポツリ 作り方を 教えてくれた。

帰りぎわに

「いい後継者が できた」

と、金魚ちょうちんを 一つ くれた。

★     ★

その日から 上領さんは 竹と ヒゴづくりに取り組んだ。

そう簡単なものではなく、

何度やっても 失敗ばかりしていた。

★     ★

10日ほどして、

また 老人を 訪ねた。

玄関の戸は 閉ざされ、

近所の人から 「3日前に 亡くなられた」と聞いた。

ぼうぜん としてしまった

★     ★

上領さんは そんな思い出話をしてくれた。

潮風に揺れる 金魚ちょうちんには

人知れぬ 苦労話が 秘められていた。

     

原田泰治 作品ギャラリー
 金魚ちょうちん

金魚ちょうちんは、幕末の頃、今からおよそ150年の昔、柳井津金屋の熊谷林三郎(さかい屋)が、青森県の「ねぶた」にヒントを得、伝統織物「柳井縞」の染料を用いて創始したといわれています。それを、戦後長利亭二老の指導を受け、独自の技法を加えて今日の新しい金魚ちょうちんを完成させたのは、周防大島の上領芳宏氏です。古くは多くの家々でおとなたちが子供に作って与えていました。また、氏神様の祭礼などに「お迎えちょうちん」の中に交じって、色どりを添えました。藤坂屋

金魚ちょうちん祭り

柳井の代表的な民芸品である「金魚ちょうちん」がモチーフになった、柳井の夏を熱くする祭り。2000個もの 金魚ちょうちんが会場各所に 飾り付けられ灯をともした光景は とても幻想的。
そのあかりの下で、
金魚ちょうちんのねぶたが 跳ね踊り 白壁江戸祭りなども おこなわれる。

フンパパ族首長 シッティング・ブル氏に惚れる

インディアンの言葉翻訳:中沢新一氏 
スー・フンパパ族酋長 シッティング・ブル 1831-1890


白人は認めているのに、赤い人々が廃棄してしまった
などという条約があるだろうか。


ない。

白人が わしらとの間に結んで、それを守った
などという条約があるだろうか。


ない。

白人は容赦なく、いつも一方的に、インディアンとの条約を廃棄してきた。

わしが子供の頃、スー族は世界を治めていた。
スー族の大地に、太陽は昇り、沈んでいた。
スー族は、一万人もの男たちを、戦いに動員することが出来た。

あの戦士たちは、一体どこへ行ってしまったのか。
誰が、あの戦士たちを虐殺したのか。

わしらの土地は今どこにあるのか。
誰が、わしらの土地を所有しているのだろうか。

土地やわずかな金を、わしが白人から盗んだ、
などと言える白人がいるか。いるはずがない。
それなのに、彼らは、わしを盗人(ぬすっと)呼ばわりするのだ。

一人暮らしの女も含めて、わしが かどわかし陵辱(りょうじょく)した
などという、白人の女がいるだろうか?いるはずがないではないか。

それなのに、彼らは、わしのことを、悪いインディアンだとわめくのだ。

わしが酔っ払っているところを見た白人などが、いるだろうか?

腹をへらしてわしの所へやって来て、空腹のまま帰った、
などと言い散らしているのは誰だ。

わしが女を殴ったり、子供をいじめているのを見た、
などと言っているのは誰だ。

一体どんな法を、わしが侵したというのだ。

自分の法を愛することは、間違ったことか。

わしが悪いのは、肌が赤いからか。

わしがスー族だからか。

父親が生まれた土地で、わしが生まれたからか。

わしの民とわしの国のために、わしがいつでも死ぬ覚悟をしているからか。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆

Sitting Bull (Tatanka Iyotake) 1831-1890
 
北米インディアンHunkpapa Lakotaフンパパ ラコタ族酋長。
スピリチュアルリーダーとして人々から慕われていた彼の力を
アメリカ政府は恐れ、逮捕に踏み切るも失敗。
1890年、Sitting Bullは、息子と共に アメリカ軍に射殺され一生を終えた。


 ★   ★ 

WASHINGTON - A group of "freedom-loving" Lakota activists announced a plan Wednesday for their people to withdraw from treaties their forefathers signed with the U.S. government.

The new nation is needed because Indians have been "dismissed" by the United States and are tired of living under a colonial apartheid system, Means said during a news conference held at Plymouth Congregational Church in northeast Washington.

"I want to emphasize, we do not represent the collaborators, the Vichy Indians and those tribal governments set up by the United States of America to ensure our poverty, to ensure the theft of our land and resources," Means said, comparing elected tribal governments to Nazi collaborators in France during World War II.

After 150 years of colonial enforcement, when you back people into a corner there is only one alternative. That alternative is to bring freedom back into existence by taking it back - back to the love of freedom, to our lifeway. Canupa Gluha Mani

Lakota men have a life expectancy of less than 44 years, lowest of any country in the World.

Median income is approximately $2,600 to $3,500 per year.
97% of our Lakota people live below the poverty line.
Many families cannot afford heating oil, wood or propane and many residents use ovens to heat their homes.


Bolivian Ambassador Gustavo Guzman, who attended the press conference out of solidarity, said he takes the Lakotas' declaration of independence seriously."We are here because the demands of indigenous people of America are our demands," Guzman said. "We have sent all the documents they presented to the embassy to our ministry of foreign affairs in Bolivia and they'll analyze everything." 
ArgusLeader.com 2007,12,20 / lakotaoyate.net
Water and Aquifer Contamination -- Radio

にほん民族解放戦線 '07,12,22

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American Indian activist / Russell Means
http://www.russellmeans.com/
http://www.republicoflakotah.com/

"Palestinians and American Indians"
Russell Means Breaks the Silence on Obama  
January 12, 2009 CounterPunch

H.D.ソロー 生計は愛するものでたてよう

ヘンリー・デイヴィッド・ソロー(1817-1862)Henry David Thoreau
アメリカ生まれの作家。

Martin Luther King, Jr.
マーティン・ルーサー・キング・ジュニアは、
1944年、大学生の頃にソローの作品を読み、
やがて自分の非暴力的な黒人差別反対運動に役立てた。


アメリカ古典文庫4 『無原則な生活』木村晴子さん翻訳 


ぼくたちの人生の送りかたを考えてみよう。

この世は実業の場である。それは何という果てしない空騒ぎだろう。

ぼくはほとんど毎晩、機関車があえぐ音で眠りを破られる。

その音はぼくの夢を中断する。

安息日などというものはない。

人類が 一度だけでものんびりしているのを見られたら、すばらしいことだろう。

ところが、仕事、仕事、に次ぐ仕事だけなのだ。


ぼくは、この絶え間のない実業は

何よりも詩や哲学、そうだ、人生全体に反していると思う。

犯罪のほうがまだましだ。

ぼくたちが偏狭なのは、

目的ではなく
手段にすぎない貿易、商業、工業、農業というようなもののみへの献身によって、

ぼくたちが歪められ、狭められてしまったからである。


ある男が、森を愛するために毎日の半分を森で散歩して暮らしたら、

彼はのらくら者と見なされる危険がある。

しかし、彼がまる1日これらの森を刈り込み、

土壌を若はげにする相場師として暮らしたら、

彼は勤勉で企業心に富んだ市民だと重んじられるのだ。

まるで、町が森に対して持っている興味とは、

それを刈り倒すことにしかないかのようだ。



人が金を得るための道は、ほとんど例外なしに、人を堕落させる。

ただ金を稼ぐために何かをしたいということは、

真に怠けていたと同じか、それよりも悪い。

もし、労働者が雇い主の払う日当以外何も得ることがなかったなら、

彼はだまされたのであり、また、自分で自分をだましているのだ。


ぼく自身の仕事についていえば、

ぼくがもっとも満足して行なえるような測量は、

測量を依頼した人が欲しないものである。

彼らは、ぼくが自分の仕事を粗雑に行ない、

それが正確すぎないことを、

いや、十分に正確ではないことを望んでいる。

測量の仕方にもいろいろあるようだが、

ぼくの雇い主が求めるのは

たいてい彼の土地がもっとも広くなるような仕方であり、

もっとも正しい測り方ではない。



労働者の目的は、生計をたてることや「よい仕事」を得ることではなくて、

ある仕事を申し分なく果たすことであるべきだ。

そして、労働者の賃金をひじょうに高くして、

彼らが単に生活のためというような、低い目的のためではなくて、

科学的とか、精神的目的のためにさえ働いていると感じさせたほうが、

町にとって金銭的な意味でさえも節約になることだろう。



仕事を金のためにするような人間を雇わず、

仕事への愛のためにするような人を雇いなさい。




この世に単に財産相続人として生まれることは、

生まれるというより

死んで生まれるといったほうがよいだろう。

自分の好みにあい、
満足を与えるような仕事をしている人がひじょうに少なく、

一般にほんの少しの金や名声で

現在の仕事から買収されてしまう人が多いことは、驚くばかりだ。

もしぼくが、
たいていの人はしているらしいのだが、

午前と午後の両方を社会に売ってしまえば、

ぼくにとって生きる価値のあるものが 残らなくなってしまうと確信している。


人生の大半を

生計をたてるために費やしてしまうこと以上に致命的大失敗はないだろう。



あらゆる偉大な事業は自給自足的である。


生計は愛することによってたてなければならない。


精神生活が衰えるに比例して、

ぼくたちはやけになって、始終郵便局に行くようになる。


自分の広範な文通を自慢するように、

一番たくさんの手紙を持って歩み去る哀れな男は、

もうずい分長いあいだ

自分自身からの便りをもらっていないことを、ぼくは請(う)けあう。



ぼくたちを宇宙の事実に関連づけるために、

毎日の日の出や日の入りを
真心こめて見ることは、

ぼくたちを永遠に正気に保ってくれるだろう。


   ★   ★   ★   

”樹木の家族” ジュール・ルナールの博物誌から

ジュール・ルナール(1864-1910), Jules Renard
フランス北部生まれ。

『博物誌』は、動植物についてのエッセイを集めたもので、
ルナール自身、もっとも愛した作品と言われている。

《樹木の家族》 から引用


かれらは騒音をきらって 
道ばたにはよりつかない。

人の手の入らない草原で、

鳥だけが知っている泉(いずみ)のほとりに住んでいる。


遠くから見ると、とてもかれらの中には入りこめそうもない。

近づくとすぐに囲みを開いてくれるが、すっかり心を許しているわけではない。

私はそこで休息し すずむことができるが、

かれらは私を観察し、うたがっているように思える。


かれらは長生きである。

そして家族の中に永眠する者がいても、

遺体がくち果てて 土にもどるまで 家族で守りつづける。


枝が長くのびると 

「いい枝ぶりだね」 とほめ合う。

目の不自由な人たちのように

たがいにふれ合うことで、みなの無事を確かめられるからだ。


風が木々を根こそぎにしようとふきつけると、

かれらは身体をふるわせて怒りをあらわす。

だが家族の中では口論一つない。

「それでいいのだよ」 という同意のささやきが 聞こえるだけである。



かれらこそ 私が求める本当の家族なのだと感じる。

ほかの家族のことはたちまち忘れてしまうだろう。


この樹木の家族は、

少しずつ、私を養子として受け入れてくれるだろう。


    

青柳秀敬(あおやぎ・ひでゆき)氏翻訳 
南塚直子(みなみづか・なおこ)
さん銅版画
『生きものたちのささやき』朔北社

こなれた訳文を銅版画が引き立てている。


同じ作品でも、 訳し方で まったく違う世界に出会う。
もし、ジュール・ルナールが この本に出会ったら...
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