仏教(五戒・十善戒)の視点で道徳を考える

梅原猛(1925-) 哲学者、国際日本文化研究センター初代所長

仏教というのは結局、「仏になろう」ということ。

だから浄土宗でも、禅でもそう言う。
日蓮も親鸞もそうです。


山を登るのに どこの道を登るかは違うけど、
仏になるということは 共通しているんですよ。

仏になるには五戒、十善戒を守らないかん。

人を殺しちゃいかんとか、女を作っちゃいかんとか
そういう邪淫(じゃいん)、嘘をついちゃいかんとか、

近代は それを抜きにしたのがいけない。
近代の仏教者は それを説いていないんです。

「戒」のトップは殺生戒(せっしょうかい)です。

殺生戒を説いたら、教育勅語と矛盾するんだ。

教育勅語は「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ」だから、
天皇のために戦って人を殺せということだよね。

殺生戒と言ったら軍国主義批判になるんです。

だから矛盾を避けた。


近代仏教衰退(すいたい)の歴史の一つはそこだと思う。

殺生戒律というのを
坊さんが守ってないから というのもあるけど、

仏教の戒律を採ったら
当時の日本政府の道徳と矛盾することになる。

だから仏教徒共通の十善戒を説くのをやめて、
宗派仏教の説だけを説こうとした。

それでは駄目なんです。

仏教徒が誰でも守るべき十善戒を守らねば仏教徒と呼べない。

それを説かなかったら僧とは言えない。

道徳を説かない。

これが近代仏教の大きな特徴(とくちょう)です。

---梅原猛氏 『神仏のかたち

    ★ 

私が中学の頃、大東亜戦争すなわち 太平洋戦争が勃発(ぼっぱつ)した。
旧制高等学校の1年生の時、徴兵延期が撤廃(てっぱい)され、
学徒動員が行なわれた。

私はすぐに出陣せず、勤労奉仕に通い、空襲に怯(おび)えつつ、
死の知らせとしか思えない召集令状を待った。

政治家や学者や詩人は、しきりに「スメラミコト(天皇)のおっしゃるように、
お前たちは 人をなるべく多く殺し、そして 死ね」と語った。

当時、誰一人として、私に
「君 死にたまふことなかれ」と言ってくれる人はいなかった。

日露戦争と太平洋戦争の根本的な違いであったのかもしれないが、

たった一人でもいい

私に はっきりと

「君 死にたまふことなかれ」と言って欲しかった。 

梅原猛氏 『百人一語

五戒:仏教で、在家の信者が守るべき5つの戒(いまし)め
殺生戒(せっしょうかい)生き物を殺すこと、特に人を殺すことを禁じる戒律
偸盗戒(ちゅうとうかい)盗みを禁制すること
邪淫戒(じゃいんかい)夫婦間以外の性行為、また、してはならない性行為
妄語戒(もうごかい) うそをついてはならない
飲酒戒(おんじゅかい)酒を飲んではならない


十善戒

不殺生(ふせっしょう)・・・むやみに生き物を傷つけない
 不偸盗(ふちゅうとう)・・・ものを盗まない
 不邪婬(ふじゃいん)・・・・男女の道を乱さない
 不妄語(ふもうご)・・・・・うそをつかない
 不綺語(ふきご)・・・・・・無意味なおしゃべりをしない
 不悪口(ふあっく)・・・・・乱暴なことばを使わない
 不両舌(ふりょうぜつ)・・・筋の通らないことを言わない
 不慳貪(ふけんどん)・・・・欲深いことをしない
 不瞋恚(ふしんに)・・・・・耐え忍んで怒らない
 不邪見(ふじゃけん)・・・・まちがった考え方をしない

---------------------

戦時に協力した禅の指導者たち